看護師の進路って難しいよな
以前の記事にも書いたけれど、私は自分の専門の定義と名前がわかっていない。多分Cosmetic Medicineなのだろうと思うので勝手に名称を拝借している。
私の施術は、人の見た目を変えることがある。こちらは確実に美容になるだろう。レーザー、Microneedling等の皮膚への施術は病変に対して行うことも、手術後やニキビの瘢痕に対して行うことも、そして皮膚を若返らせる、きれいにする目的で行うこともある。だから私は形成と皮膚科の間ぐらい、と自分の立ち位置を見ているのだけど、いまだにわからない。
2017年ー2022年 日本の大学院はやめて海外にいくことを決める
さて、進路を決める、スッテップアップとして大学院を視野にしばらく前から入れていた。時期でいうと2017年ぐらいから。その時は日本の大学院ではなく、海外に出てみることを選んで今に至る。
ここオーストラリアで2つめの大学を卒業し、仕事のオファーをいただき、働き始めた。「まずは永住権まで突っ走る」が念頭にあったものの、常に「次の進路はどうしよう」と考えていた。
これまで経験した領域は救急、脳神経内科、血液内科、泌尿器科、腎臓内科、呼吸器内科、消化器外科・内科、循環器、整形外科、形成外科、そして現職の周術期となる。
どの領域も業務に追われて苦しかったが、同時に常に新しいことの発見で楽しかった。特に泌尿器は(先輩にいびられ続けて悔しかったので)朝から晩まで働いてそれ以外は勉強していた。
新しいことを知るのは楽しい。分かるからこそできる幅が広がる。職場での私のいじめられっぷりはあだ名が「(理不尽にボコボコにされているから)ボコちゃん」と医者から言われるほど有名であったが、それでも勉強のために泌尿器科学会に自費で行き、新しい手術時の器具や装具、分子標的薬の勉強会にも顔を出していた。論文は苦手だ。それでも分からないことがあって調べるときは結局論文に行きつくので、大体毎週何かしらを読んでいる。
当時から自分はどの領域に行っても多分楽しめる、と確信してしていた。逆にいうと、どこに行こうと「どうでもいい」のだろうな、とも思っていた。どれもこれも、決定打に欠けるのだ。
2023年ーそろそろ迷うのに疲れてきた
2023年になった。本当に決められなくて困っていた。誰か私に「明日からキミこの領域で仕事してね」と言ってくれ、と願ったりもしていた。いっそ僻地に飛んでみるか、そこでNP(ナースプラクティショナー)目指してもいいな、けれど行ったことがないので想像がつかないな、なんて堂々巡りをしていた。
そんな時、外科系が何かと多い自分の経歴であったが、創(術後の傷)処置に使うドレッシング材、 皮膚の治りについて、もっと言うと術後の傷痕に悩んでいる人にもずっと興味を持っていたことを思い出した。さらにある夜、私が5歳の頃の祖母との会話が夢にでてきた。
祖母「あのね、おばあちゃんになると細胞が死んでいくんだよ。これはもうすぐ体が死にますよ、って言うしるしなの。このシミもね、死んだ細胞のお墓なんだよ」と言う。
「昔はおばあちゃんも孫ちゃんのようにつるつるの、しわもシミもないお顔だったんだけどね。こんなに醜くなってしまって・・・おばあちゃんだからしょうがないね、ふふ」と悲しそうに自虐して笑う祖母を見て、子供なりにいてもたってもいられずに祖母の腕や顔にクレヨンを塗りたくり、テープで皮膚を引っ張って「ほら!シワしわ消えたよ、お墓もないからもうおばあちゃん死なないよ!死なないよね?」と涙を堪えて大声ではしゃいで見せたのを覚えている。
その夜は大泣きをして、「おばあちゃんが死んじゃう!」と母を困らせた。「こんなに醜くなって」という言葉は、当時の小さな自分の胸を締め付けた。当時5歳の自分にとって、美醜の感覚はわからなかった。でも、あんなに悲しく自身を笑う祖母の、その痛々しい諸悪の根源を敵とみなしたのは覚えている。
そんな祖母は、今も健在である。死んでいない。(長生きしてね。)今飛行機の中でこれを書いているが、思い出すたびに涙が出るのでおそらく当時の自分にとってとんでもないトラウマだったのだろう。
なんでもありだったこの自分が「絶対に嫌」な領域を見つけてしまった
「美容外科」が頭に浮かんだ。私が目指す領域なのかはわからないけれど、まあ「シミ」消しとかって美容なんたらでやってそう。その程度の感覚で普段はほとんど開かないInstagamで調べてみた。キラキラを超えてギラッギラの世界だった。症例写真を見たら「正気か」と思うようなものが大量に出てきた。
医者が「美容外科医の俺が考えるデートコース」とか投稿している。なんだこれ。金と虚栄に塗れた世界に見えた。「肌を、見た目を保ちたいならこれぐらい普通!」みたいな、煽られているようなメッセージを受け取った。
エネルギー機器について興味があったので、当時せっせと論文を読み進めていた。試しに脱毛について調べてみた。IPL(光)とレーザーの比較の記事が、医師の名前のもとに出てきた。栃木県のクリニックだった。「IPLは悪、効かない。レーザーの方がいい」という間違った言説がトップ記事だった。眩暈がした。
医療の記事に関しては、ほんの少しでも「ウソ」が混じっていたら、それはゴミだ。この記事は、事実の中に巧みに印象操作をする言葉と「ウソ」が練り込まれていた。
IPLよりもレーザーの方が波長をピンポイント設定でき、なおかつ出力調整もしやすいのは事実。だが、IPLでも出力調整はできる。悪ではない。効かないわけでもない。これでは自院のレーザーを売り込む文句に成り果てている。何も知らない一般人に対して、医者という権威性を持って情報操作をしているのか。
もう一度言うがGoogle検索トップの記事でこれである。
私が働く病院では、一般の外科に加えて美容整形目的の豊胸、脂肪吸引、シリコン抜去、(乳がん、男性の女性化乳房、または性転換の一環で)胸の脂肪を切除する手術もおこなっている。形成外科医が執刀する皮膚がん切除、または切除後の再建術に至ってはほぼ毎日行われている。病院という設備で、全身麻酔で行う。患者さんにとっては術後の創部が綺麗になるまでが手術だ。入院から退院、そして術後の診察まで全て一人一人計画が立てられている。そう、しっかりと「医療」なのである。
私が調べた「美容外科」に焦点を戻す。文字にすると本当に失礼だが、「こんな人たちと一緒と思われたくない」が正直な私の気持ちであった。足を組んで、手を組んで、高圧的に話す美容外科医のYoutube。患者の顔の一部を笑いながら指摘していた。その指摘は果たして必要だったのか。
・・・なんというか、歪(いびつ)なのだ。医療者としての矜持を感じない。見た人を施術に掻き立てるような、コンプレックスを刺激するような言葉遣い。そこらじゅうにある情報。見ている私まで「直すべきところがある欠陥品」のような気分になった。
自分が興味を持った領域が多少被っているとはいえ、今いる世界とあまりに違いすぎて嫌気がさした。今でも、私はどうしても「美容系」として自分の立ち位置を見られない。これが答えだった。
夢は祖母を自分で施術すること
私は、あの時の「おばあちゃん」に喜んでもらいたい。今でも「シワだらけだから」と写真に写りらがらない。自分の顔を見たくないという。
でも知っているかしら。「おばあちゃんは、かわいいよ」というと、「おほほ、そうかしら」と顔をくしゃくしゃにして笑顔になる。全身から、生きてきた歴史と人徳が滲み出ているのだ。誰もおばあちゃんのしわやシミに目がいかない。未曾有の大戦争を生き抜き、家族を戦争で亡くし、自らは木の根を食べて生き延びてきた。玉砕放送を聞き、悲しみも憎しみも全て乗り越え、私に笑顔を向ける祖母。そんな私の「おばあちゃん」はいるだけで周りもふにゃりと笑顔になる。それを魅力と言わずして何というのだろう。
そんな祖母が、シミやシワが改善して自分の写真を見るのが好きになってくれるなら、私は何だってしたい。当時クレヨンを振り回していた自分は、自らの手で、あの時の祖母の悩みの元を取り除けるかもしれない所まで来ていたことに気がついた。
祖母は今年で90歳になる。私が直接施術できるオーストラリアに来ることは実際のところ、非常に厳しいだろう。でも、私が勉強して知識さえつければ、この情報の海に振り回されることはなくなる。
進学:茨だろうと蹴散らして進めば道になる
そのためにはちゃんとレーザーと化粧品化学を勉強しないといけない。領域の名前なんてもうどうでもよくなっていた。大学の学部でもいい、院でもいい。その全部でもいいから最初の一歩を今年は始める。そう決めた2023年、私はGraduate Diploma in Cosmetic Nursingという、大学院1年分の学位を修めるべく入学した。それと同時に病院の仕事をカジュアルに落とし、国内外を飛び回り、資金のある限りを尽くしてトレーニングに参加した。朝から晩まで医者の目の前で施術をし、何人もの医者に評価を貰ってはまた飛んで、を繰り返した。

あれからほぼ2年が経つ。クリニックに立つ際、プロとしての身だしなみは当然であるが必要以上に飾らないことは始めた頃から決めている。
日焼け止め以外のメイクは、ほぼしない。化粧に反対しているわけではない。ただ、皮膚はメイクで「整えなければならない」ものではない。すべての業界を知るわけではないので否定はしないが、「女の化粧はマナー」を私は受け入れない。化粧をしていないと「身だしなみがなっていない、失礼な顔に見える」自分であってたまるか。しかもそれがマストなの、オンナ限定だろ。
それに患者さんに「素の皮膚」を見せてもらう以上、私ががっつりキメていると不安になってしまう方もいるのではないか、と思う。強そう、美しい、きっちりした印象等、どのような演出もメイク次第でできるだろう。でも私のクリニックでは、その全てを取り去っている。私から出てくる雰囲気そのものが、受け取っていただきたい印象である。目の前の患者さんに今持っている自分の知識と経験を全て注ぎ込んで真摯に、自分が培ってきた医療倫理のもと向き合っていく。これが私の「プロ」としての覚悟であり姿勢と決めている。
次の目標
今年、レーザー等のエネルギー系機械を多く扱うクリニックに就職した。どんどん使わせていただこうと思う。それが今年の目標。次のマイルストーンは、レーザー機器のある形成外科医、あるいは皮膚科医のものとで働くこと。
自分の道は自分で切り開いていく。
コメント